小さな独裁者(ネタバレあり)

映画見過ぎなので、見るものを絞ってはいるものの、いろいろなところで勧められて気になってしまい観に行った。

創作かと思っていたが、どうも実際にあった話らしい。

概要は、第二次世界大戦が終わる少し前のドイツで、脱走兵がきれいな軍服を拾って着たところ、周囲の人間に自分を大尉だと思わせることに成功して、たまたまたどり着いた収容所で当時の法に照らしても違法な虐殺をしたという話。

寒々しい映画という評価だったが、たしかに寒々しかった。

なぜ周囲が騙されたのか?たかが制服に負けてしまう権威主義、無責任についての感想はいくつか目にした。

また、なぜ彼は虐殺などしたのだろう?というものも。wikipediaによれば、実際の彼は捕まった後、裁判で、「なぜ虐殺をしたのか自分でもわからない」と言っていたそう。

が、私はそこは本質的な問題じゃあないだろうと思う。

主人公は、制服を見つける前、脱走兵として、殺されそうになりながら逃げてきた。ドイツ国内のどこかの村にたどり着くが、食品を略奪するので、村人は脱走兵を見つけ次第殺す方針を取っている。道中でいきあった別の脱走兵は、実際村人に殺されてしまった。国のためといわれ兵士になり、何日も食べていない脱走兵が殺される一方、戦争に行かない村人は肉料理を食べている。

うん、何のために戦争に連れていかれてたのか、わからなくなるでしょう。

収容所は、ドイツ人脱走兵や思想犯が収容されるタイプのところ。

ここで、脱走兵を90人ほど殺したことが「虐殺」として断罪されるのだが、

主人公、つい先日、脱走兵として銃で追われていたのである。もし弾が当たっていれば、適法にその場で殺されていただろう。

そこには、脱走兵は殺してもいい、裁判なしで。という規範があり、彼は自分自身にも適用されたところのその規範に従っただけなのだと思う。よく周囲を騙せたな、という感想こそあれ、主人公ひとりが倫理的ないみでそこまで異常だったと思えなかった。

収容所には、俳優もいて、彼らは殺人や窃盗などしていないと言っていた。察するに、演劇が反社会的だとみなされて収容されていたのだろう。

裁判なしに殺すのがおかしいというが、それ以前に、何もしてない人間を収容するのがおかしいし、脱走兵を士気がなんだといって収容するのもおかしいし、構成員がやりたくないといって脱走するような行事を強制するのかおかしいし、戦争してるのが、おかしい。収容所、結局イギリスの飛行機に爆撃されてるし…収容所って、爆撃していいんですか?収容所で、脱走兵を殺すのはおかしい!と言える人いましたか?いないですよね…そう言ってくれたら主人公は虐殺などしなかったと思う。無理な相談だが。無理な相談であるのが、映画が始まったときから我々にも了解されているのである。おそろしいことに。

戦争劇に放り込まれたら、理不尽があるのが常になる。だから、主人公がおかしくても筋が通らなくても、上のいうことならありえるかもしれないと思わされてしまう。法の内在的な規範が崩壊しているから、こういうことが起こる。ロジックでいえば絶対にありえない結論が、権力関係で正しいことになってしまう。

近頃の与党の国会答弁やら、内閣の声明やらに慣らされてしまっている私たちが、彼らの様子を、不思議なことだなあ、おかしいことだなあ、などと言って見てはおれないはず。

なお、ラストで主人公の年齢が20歳そこそこだったと明かされて、そこに驚きもしたし合点もした。

戦争が彼の思考を育て、彼は育てられたように振る舞っただけ。

制服を着てから後、彼は肉も芋もお酒もおなかいっぱい食べられるが、何一つ生産したわけではない。仕事といえばようは人を殺してその取り分を奪っているだけだし、それって脱走兵が村で盗むのと、経済的にいって何も変わってないのに、制服を着るだけで適法になる。

学位を得るために、資格を得るために、職を身分を得るために頑張ってしまう我々。脱走兵として死ぬくらいなら、制服を見つけておなかいっぱい食べるほうを選び、ついでに脱走兵は殺されるべきというのに習い、学位に、資格に、職にありつけなかった者は自己責任で切り捨てるという規範を採用していないと、言い切れましょうか。

たとえば賄賂で誘致したオリンピック、どのような犯罪か明らかにする気すらない司直と、再び公職に就いて高給を得る予定の役員。権威におもねれば食べていけるという規範はみな受け入れているのですか、狂気との距離が、どれほどありましょう。。。

 

かなり冷え冷えした映画だったけど、印象は強かったようで夢に出た。

エレベータの扉が開くと、地面にばらばらの死体が散らばっていて…(もっとも、映画には必要以上の死体の描写はなかった)足元にある人形をそれと同じように並べるパズルを解くと、次の部屋へ行けるというような謎の夢だった。