丹塗りの街

 その家の主はおそれていた。誰かが自分たちを銃で殺しに来るという確信を持っていた。

 私は,その事件のためにこの家に同僚とともに招かれていた。この家の主がなぜそのような確信を持っているのか,同僚も私も知らなかった。さらに,彼は自分たちを殺しに来るのは,自分自身の4番目の息子だと考えているようだったが,私にはその子が何か家族に危害を加えるとは思えなかった。

 4番目の息子について,私たちは何も教えられなかった。その子が今はその家から出て行ってしまっているということは分かった。彼は15歳くらいであった。

 その家は大きなお屋敷だった。一方,偶然にも,そう遠くないところには私の妹も住んでいた。妹の家に泊まってもよかったが,妹の家には他の妹が2人滞在していたため,同僚とともにいることを選んだのだった。私は4人姉妹であった。

 その町には,意外なほど華やかな商店街があった。夕刻に私は3人の妹と一緒に街へ出かけた。建物はどれも丹塗りの柱や壁でできていた。細い入口のラーメン店があった。私たちは,下の妹二人,私と2番目の妹,という組み合わせで歩いていた。ラーメン店の横にガラスのドアがあった。閉店中の飲食店か雑貨店のようだった。つつみのようなものの下に一本の横線を引いた図形が描いてあり,家紋か何かかもしれなかった。妹に何か聞こうとしたが,彼女は興味を示さなかった。あえて無視をしたのか,全く重要なことだと思わなかったのかは判じかねた。

 商店街を進んでいくと,ひときわ大きい,やはり丹塗りの建物があった。妹に「ここは賑やかなところね」と言うと,「そうかな?」と言われた。東京にもこんな楽しげなところはそうあるまいと私は思った。そのひときわ大きい建物の脇には,小さな洞穴があり,着物姿の女の人が二人,腰かけて中を覗きこんでいた。洞穴の中にはろうそくが灯って,小さな人形が納められていた。ここは何らかの宗教施設で,商店街は門前町だったのか,と思った。

 建物に入ると,天井は高く,たくさんの人がいた。これから力士の修行をする子供が集められて,一人ずつ名前を呼ばれているのだ。その中に,例の「4番目の息子」がいた。彼の名前は「I君」といったが,「I君」と呼ばれたとき,彼のひとつ前の子供が返事をした。そして,再び「I君」と呼ばれることはなかった。私は近くの小父さんに声をかけた。「あの子は呼んでやらないんですか?」「いいんだよ。」私はここに来るのも初めてなものだから,不文律があるのだと思った。彼はいじめられているのかもしれなかった。それは,家から早々と出されてしまっていることとも関係あるのかもしれなかった。しかし,どう見ても彼が誰かを殺しに行くとは思えなかった。

 妹が咳を始めたので,飴を渡した。ひととおりイベントが終ると,私は妹と離れて,憂鬱な屋敷に帰った。

 同僚は私を待っていた。彼は私の不在中何をしていたのだろうか。3人の兄弟にも会ったのだろうか。

 私は今日見てきたものについて同僚に話した。「彼が銃を持って襲いに来るなんて,想像できない。」